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葵祭
葵祭はわが国最古の祭り。
ときは飛鳥時代、欽明天皇の御代に
雨風甚だしく人民難渋したまう。
そこで占部伊吉若日子(うらべのいきわかひこ)に占わせたところ加賀の大神のタタリという。
四月吉日、馬に鈴をつけ人に猪頭(いのかしら)を被らせ走らせた。
そして祭を行ったところたちまちにして雨風治まり
五穀豊穣したことにより始まった祭。
平安遷都ののち、賀茂社は山城国の守護神となり
嵯峨天皇は最愛のヒメ御子、有智子(うちし)内親王を
賀茂の社に奉仕させた。
以来、一身を神に捧げた内親王を斎王として仕えさせた葵祭は、
都挙げての、祭りとして今に伝えられてきた。
風うるみ、空うららかな五月
牛車の軋みも馬上の勅使の姿も、腰輿に坐す斎王代も
すべては優雅典麗な王朝人たちの行粧が
千年の夢の世界へといざなう。
ひき連て 葵かざしし そのかみを
思えばつらし 賀茂のみづがき -『源氏物語』須磨の巻
束帯姿の近衛使(このえのつかい)や十二単の斎王代など、王朝絵巻さながらの葵祭の行列が、
都王子をすすむ道中を路頭の儀という。
下鴨神社と上賀茂神社で行われる社頭の儀を行うためのプロセスである。
その典雅な行列は遠く平安時代から人々の憧れであり、今も葵祭のハイライト。
参考:冊子『平成二十年 葵祭』
行列は近衛使(勅使代)を中心とした本列と斎王代に従う斎王代列にわかれ、
本列を男列、斎王代列は女人列ともいえよう。

近衛使代列の先頭 乗尻
『源氏物語』では近衛使として葵祭に奉仕する光源氏の姿を一目見ようと
一条大路に牛車で繰り出した妻・葵の上と
かつての恋人・六条の御息所との車争いの物語があまりにも有名。

牛車

風流傘
祭列を豪華にするために、普通の朱傘のほかに、
大型の傘に紺の錦水引幕を張り、房を垂らして、あふれんばかりの造花を飾る。

斎王代
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